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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)5834号 判決

原告 産経商事株式会社

右代表者代表取締役 川名馨

右訴訟代理人弁護士 鈴木一郎

右訴訟復代理人弁護士 錦織淳

被告 野村貿易株式会社

右代表者代表取締役 三谷廣信

右訴訟代理人弁護士 赤沢俊一

同 吉羽真治

主文

1  訴外株式会社コパンペペルが同会社の訴外株式会社エーコーに対する金三四八万八〇五一円の、同株式会社ヤマダヤに対する金二四六万九七六〇円の、同株式会社ニチイバンバンに対する一二〇〇万円の各売掛債権を、昭和五一年八月二日被告に対し債権譲渡した行為を取消す。

2  被告は原告に対し一七九五万七八一一円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  原告のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  訴外株式会社コパンペペル(以下訴外会社という。)が別紙売掛債権目録2ないし4記載の各債務者らに対して有する、同目録2ないし4記載の売掛金債権について訴外会社が被告に対し昭和五一年八月二日ころなした債権譲渡行為を取消す。

2  被告は原告に対して金一八〇〇万円及びこれに対する判決確定の日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  第2項につき仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  訴外会社は婦人用ニットセーター等の卸を業とするものである。

2  原告は訴外会社に対して昭和五一年七月二七日返済期日を同年八月一一日と定めて一八〇〇万円を貸付けた。

3  訴外会社は経営が逼迫して同年七月三一日に不渡りを出すに至った。当時訴外会社には他に見るべき資産がないのに、被告は訴外会社に対しその親会社である訴外鐘ヶ渕莫大小工業株式会社(以下鐘メリと略称する。)を援助するとの条件で、別紙売掛債権目録(以下単に目録という。)記載の各債権を譲渡せよとそそのかし、その結果同年八月二日訴外会社は被告と通謀して原告らその他の債権者を害する意思で目録記載の各債権を被告に譲渡した。

なお、目録4の株式会社ニチイバンバンに対する売掛債権については、債権譲渡後、株式会社ニチイバンバンから訴外会社の銀行口座に一二六二万一一〇九円が誤って振込まれた。訴外会社は多数の債権者から追求されていたので、右金員のうち、一二〇〇万円を鐘メリの口座に移し替え、鐘メリは訴外会社のため右金員を保管していたが、被告から、右売掛債権は被告が譲渡を受けたものであるから返還するよう請求され、鐘メリは被告に対し右一二〇〇万円を振込送金した。

4  よって、原告は民法四二四条に基づき、訴外会社が被告に対してなした目録2ないし4記載の債権の譲渡行為の取消を求めるとともに、原告の訴外会社に対する貸付債権の限度である一八〇〇万円及びこれに対する右取消の効果が生ずる本判決の確定の日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1は認める。

2  同2は不知。

3  同3の内訴外会社が昭和五一年七月三一日に第一回の不渡りを出したこと及び訴外会社から目録1、2、3、5、記載の債権の譲渡を受けたことは認めるが、その余は否認する。

原告は、目録4の株式会社ニチイバンバンに対する債権の弁済として、鐘メリから被告に対し一二〇〇万円が支払われたと主張しているが、右一二〇〇万円は被告の鐘メリに対する債権の弁済として支払われたものである。

訴外会社と被告の間でなされた債権譲渡行為は詐害行為となるものではない。

すなわち、被告は訴外会社に対し約束手形金債権一億五二八二万二一二四円及び不当利得返還請求権二億一二三八万一一六七円を有しており、目録1、2、3、5の各債権の譲渡は、右訴外会社に対する債権の弁済としてなされたものであり、詐害の意思はなかった。

なお、被告が譲渡を受けた債権の弁済状況は次のとおりである。

目録1の株式会社東一富久屋及び目録5の株式会社壽屋に対するものは相手方が支払に応じないので弁済はうけていない。

目録2の株式会社エーコーに対する債権は、被告が債権譲渡を受けた金額は四〇二万七〇二〇円であったが、株式会社エーコーより五三万八九六九円については返品及び値引きのため債務が存在しないとの主張があり、訴外会社も右返品、値引による債務不存在の事実を認めたため、昭和五一年九月一四日、被告はその差額である三四八万八〇五一円の弁済を受けた。

目録3の株式会社ヤマダヤに対する債権は、被告が債権譲渡を受けた金額は二七六万九七六〇円であったが、株式会社ヤマダヤより値引のため真実の債務は二四六万九七六〇円であるとの主張があり、訴外会社もこれを認めたので、昭和五一年一一月一日、被告は右二四六万九七六〇円の弁済を受けた。

三  抗弁

仮に目録4の株式会社ニチイバンバンに対する債権についての債権譲渡が認められるとしても、訴外会社と被告は、昭和五一年八月六日右債権譲渡契約を合意解除した。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》によれば、原告が訴外会社に対し昭和五一年七月二七日までに数回にわたり合計一八〇〇万円を貸付けたことが認められる。

二  《証拠省略》によれば以下の事実を認めることができる。

1  訴外会社は、昭和五一年七月三一日、経営逼迫のため手形不渡りを出し倒産したこと。

2  同年八月二日訴外会社の代表取締役真々田昇は訴外会社に対する債権者であった被告に呼ばれ、被告会社に赴いたところ、訴外会社の親会社の鐘メリを助けるからその見返りとして訴外会社の有している目録1ないし5記載の債権を被告に対する債務の弁済として譲渡するよう求められ(当時鐘メリも経営が悪化していた。)、真々田昇はこれを承諾し、目録記載の各債務者に対し、同年八月二日付書面で被告に債権譲渡をしたことを通知したこと(なお、目録4の債権は右通知では一二八五万五〇〇九円と表示されている。)

3  当時、訴外会社の負債は総額で約八億三〇〇〇万円あり(被告に対する債務を除いても六億円前後であった。)、一方、訴外会社の資産は、被告に譲渡した右各債権の他にめぼしいものはなく、右各債権が実質的には唯一の資産であったこと、訴外会社の代表取締役真々田昇は、被告から、債権譲渡に応ずれば、訴外会社の親会社の鐘メリを援助するとの申し出をうけ、鐘メリを救うためには、被告以外の債権者を詐害することもやむをえないと考え、実質的には唯一の資産である右各債権を被告に譲渡するに至ったものであり、被告においても、訴外会社の右事情を知った上で、同社の親会社の鐘メリを援助するとの約束をすることにより、唯一の資産である右各債権を譲り受け自己の債務の満足を図ろうとしたものであること。

4  訴外会社から被告に譲渡された目録2の株式会社エーコーに対する債権については、譲渡された金額は四〇二万七〇二〇円であったが、株式会社エーコーから被告に対し、五三万八九六九円については返品及び値引きのため債務が存在しないとの主張があり、訴外会社も右返品、値引による債務の不存在を認めたため、被告は、昭和五一年九月一四日、株式会社エーコーから右を差引いた三四八万八〇五一円の弁済を受けたこと。

5  目録3の株式会社ヤマダヤに対する債権については、譲渡された金額は二七六万九七六〇円であったが、株式会社ヤマダヤより被告に対し値引のため真実の債務額は二四六万九七六〇円であるとの主張があり、訴外会社もこれを認めたため、被告は、昭和五一年一一月一日、株式会社ヤマダヤから右二四六万九七六〇円の弁済を受けたこと。

6  目録4の株式会社ニチイバンバンに対する債権については、前述の昭和五一年八月二日付の債権譲渡通知書は、右会社に到達したが、同社はこれを訴外会社に返送し、かつ、同年八月九日、右売掛代金として一二六二万一一〇九円を訴外会社の当座預金口座に振込んだ。訴外会社は他の債権者からの追求を免れるため、親会社である鐘メリの口座に右金員を保管してもらうべく、同年八月一〇日、一四二〇万円の小切手を鐘メリの専務取締役をしていた実兄の真々田茂に預け、茂はこれを鐘メリの口座に振込んだ。ところが、被告から鐘メリに対し、訴外会社から鐘メリに渡った金は既に被告が訴外会社から債権譲渡を受けている分であるから返還するようにとの要求がなされ、鐘メリも右事情を訴外会社から聞いていたため、被告の要求に応じ、右同日、直ちに一二〇〇万円を被告宛送金し、結局、被告は、訴外会社から譲渡を受けた目録4の債権の弁済として一二〇〇万円を受領したこと。

なお、証人真々田昇の証言のうち、被告に対する本件債権譲渡が、代物弁済としてなされたものでないとの部分は前掲各証拠に照らして措信できず、証人岡本宏の証言のうち、鐘メリから被告への一二〇〇万円の支払は、鐘メリの債務の弁済としてなされたものであるとの部分は、前掲各証拠(特に証人真々田茂の証言)に照らして措信できない。また、同証人の証言中には被告が債権譲渡を受けた当時、同証人は訴外会社の財政状態(負債が八億以上あり資産としては本件各債権しかめぼしいものがない。)を知らなかったとの部分があるが、不渡を出した取引先の代表者を呼びつけて債権の譲渡を受けるに際し、当該取引先の負債、資産について知らなかったということはおよそ不自然であり(知らなければその場で説明を求めるのが自然であろう)、しかも前認定の株式会社ニチイバンバンから訴外会社に代金が振込まれそれを鐘メリの口座に移すと、その日のうちに被告は鐘メリに右金員を引渡すよう求めている事実からみても被告は、訴外会社の内情には非常にくわしいことが窺えるのであって、右岡本証人の右証言部分は措信できない。他に右認定を左右するに足る証拠はない。

三  被告は、目録4の株式会社ニチイバンバンに対する債権の譲渡は昭和五一年八月六日合意解約されたと主張し、証人岡本宏はこれに副う証言をしているが、右証言は、《証拠省略》に照らしにわかに措信できず、他に被告の右主張事実を認めるに足る証拠はない。

四  以上によれば、訴外会社が被告に対してなした目録記載の各債権の譲渡は、訴外会社の被告に対する債務の弁済に代えてなされたものであり、右譲渡された債権は被告に対する債務の額を超えていないのであるが、訴外会社は被告と通謀して他の債務者を詐害する意思で目録記載の各債権の譲渡をしたものと認められるから、右債権譲渡行為は詐害行為として取消の対象となると言うべきである。

ところで、原告は、目録2ないし4の債権の譲渡の取消を求ているが(目録4については前認定のとおり譲渡されたのは一二八五万五〇〇九円であるが、原告の請求は、そのうち一二〇〇万円についての譲渡行為の取消を求めているものと理解される。)、前認定のとおり、目録2記載の債権は金額四〇二万七〇二〇円の債権として譲渡されたが、値引、返品のため、実際の債権額は三四八万八〇五一円であったのであり、目録3記載の債権についても同様に二七六万九七六〇円であるとして譲渡されたが、実際の債権額は二四六万九七六〇円であった。このように債権を譲渡する際に表示された債権額と、実際に譲渡された債権額が異なる場合、他の債権者を害するのは実際に譲渡された債権額の範囲に止まるわけであるから、詐害行為として取消しの対象となるのは、実際に存在した債権額についての債権譲渡行為である。

したがって、原告の前記請求は、目録2の株式会社エーコーに対する金三四八万八〇五一円の売掛債権の譲渡行為、目録3の株式会社ヤマダヤに対する金二四六万九七六〇円の売掛債権の譲渡行為、目録4の株式会社ニチイバンバンに対する一二〇〇万円の売掛債権の譲渡行為の各取消を求める部分は理由があるが、その余は理由がない。

五  次に原告の被告に対する金員の支払請求について判断する。

被告は、前項記載の取消すべき債権譲渡行為により取得した各債権について、いずれも弁済を受けていることは前認定のとおりであるから、各債権の譲渡行為を取消した場合、原告は被告に対し、右弁済を受けた額の支払を求めることができると解すべきである。そして被告の右金員の支払義務は、債権譲渡行為の取消を命じる本判決が確定した日の翌日から遅滞におちいる。

したがって、原告の被告に対する金員の支払を求める請求のうち、被告が弁済を受けた一七九五万七八二円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるが、これを超える部分は理由がない。

六  よって、原告の本訴請求のうち、前記理由のある部分をそれぞれ認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条但書を適用し、仮執行の宣言については相当でないのでこれをなさないこととして主文のとおり判決する。

(裁判官 房村精一)

〈以下省略〉

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